秒針の隙間から伸びた、

少年のイデアは呟く、 「……意識を介在させてはいけない。 防波堤はカタストロフィーの布石さえ演じられぬのだから。」 ──午前七時四十二分 等間隔に配置された街路樹の下を抜け、彼は停留所に向かう。 眠りから醒め切らぬ街。躁病を抱えたスーパーマーケット…

潜水アリス

プールは海ではない。際限なく広がってゆくあの深い暗がりと違って四辺を壁に隔てられたその場所は泳いで行けばやがて終わりにたどり着いてしまう。重力を忘れたモラトリアムからひとたび醒めてしまえば手に残るのはあの白々しい塗料とこびりついた赤錆の影…

夜の起源について

フラクタルの種を蒔いたそれは短かな数式の形をしている三角形と平行四辺形と割り切ることができる種だなぁにもとは 借りた本に挟まっていた種だと余らした一粒を爪で割るそれは無数に重なった小さな三角形と細く伸びた平行四辺形と割っても 割っても 無限に…

neoteny flower

道の上に男がいる。両脇を果樹園に挟まれ、輪郭の薄れた山麓へと続く人通りの多い道端で男は小石と共に転げている。その道は舗装が甘く、分離帯の色すら黒く薄れており、道を行く人々はそれぞれ好きな場所を好きな速さで歩くが、その中で彼に気づく者はいな…

腹式呼吸

息を止める胸に手を当てる目を閉じて 胸の音をきくおまえが殴る 星が見えた!ふたつの耳が言った 息を止める胸に手を当てる鼓膜を固めて骨の声にふれるおまえが殴る 旋風が聞こえた!中指が骨を見下ろした 息を止めるこぼれる骨を押さえる赤い手 濡らしなが…

追悼

ふたつの指で上手く囲うとそこに隙間ができるひそかに這い出たのは泥人形のような まぼろしがしんだ橋から落とされて油膜をつきやぶって月の欠け方も忘れて 恩知らずめ 中指と薬指から涙がにじみ出るキャラメルマキアート上映中のランプ どんな味がしても溶…

ゲームセンター挽歌

僕はここにいる 暖房は切れてしまったピンボールゲームも動かない窓ガラスが僕を見る夜空に焼き付く男は 心霊写真のようだ 暗い箱を掲げてのぞき穴を奪い合ったさかさまの子供たちの踊りサイダーに酔いつぶれた ピンホールカメラの季節は終わったアルミ缶に…

端役の黙祷

埃に埋もれた看板がいう「本日の上演は終了しました」と疵の少ない客席を選べC席は唐草に食われてしまった 男が戦没者を演じている捨てられた舞台の暗がりで両手をつきだし 白目を見開き舌を出し 動かず 息もせず天使が来るまで演じ続ける次の場面を待ち続…

テキストボックス

これは箱である。中身はまだなにも入っていない。広さはA4サイズのコピー用紙二枚より小さく、手が入るほどの深さがある。光沢のない象牙色はプラスチック製品とも似ているが、外側の隅に「再生紙で作られています」というラベルが貼られている。壁の裏側…

どこにも行けない以前にどこにもいられないのだということ

米津玄師の歌詞に「どこにも行けない」というフレーズが頻出する件がちょっと前のネットで盛り上がってたけど、時代を代表してしまった作り手の言葉だけに、この「どこにも行けない」も時代の閉塞感だとかを言い表す一種の軋み、悲鳴なのだろうなとは思う。…

シルクハットもステッキも置いてきたのに今更、

もう今更語るべきことなんて残っていない、そのほとんどが跡形もなく風化してしまっていてなおも手に残るわずかをかき集めて残り火を散らそうというのが主旨である。ああ、言い切ってしまった……言い切ると言葉の流れが止まってしまうのだ、だから句点ではな…